夏の水分補給に!麦茶のススメ


夏の水分補給に!麦茶のススメ

 

 夏の水分補給に最適な麦茶について紹介します。日本の夏の風物詩として欠かせない麦茶ですが、古くは「麦湯」とも呼ばれていました。現代栄養学的な面はもちろん東洋医学的(本草学的)な面も含めて書きたいと思います。

 


ノンカフェイン飲料・麦茶のススメ

 ノンカフェイン&ノンカロリー飲料としても有名な麦茶ですが、近年、血行促進や抗酸化作用など新たな健康効果・効能があることが分かってきました。実際に栄養学的にはどうなのでしょうか。

 

 伊藤園HPに掲載している「原材料・栄養成分一覧」の中で健康ミネラルむぎ茶 [PET/650ml] を見ると次のようになります。

   

 【〔表示単位〕1本(650ml)当たり】

エネルギー 0kcal
たんぱく質 0g
脂質    0g
炭水化物  0g
ナトリウム 0mg
カフェイン 0mg
食塩相当量 0.2g
マグネシウム 3mg
・亜鉛 0~0.07mg
・カリウム 78mg
・リン 8mg
・マンガン 0~0.07mg
・カフェイン 0mg

 カフェイン・ゼロだったり、カリウムが多めに含まれているのも嬉しいですが、他にもいろいろな健康効果が解明されつつあります。

 

カゴメのHP では次のように説明されています。

麦茶の血液を流れやすくする(サラサラにする)作用は、麦茶に含まれる香ばしい匂いの成分であるピラジン類によることを明らかにしました。

 麦茶の香り成分であるピラジン類に血流サラサラ効果があることを解明しました。

 

 


  日本人はあいかわらず食塩摂取量過多

 

 厚生労働省のHPで、平成28年「国民健康・栄養調査」の結果を公表しています。それを見てみると、食塩摂取量の状況は「食塩摂取量の平均値は9.9 gであり、男女別にみると男性10.8 g、女性9.2 gである。この10年間でみると、いずれも有意に減少している。 」としながらも「目標値:1日あたりの食塩摂取量の平均値8g」なので男女ともに目標値を超えて食塩を過剰摂取している実態があります。
 他にも「日本人の食事摂取基準(2015年版)」を見ても「世界の主要な高血圧治療ガイドラインの減塩目標レベルが全て 6g/日未満」であることや「塩摂取とがん、特に胃がんの関係について多くの報告がある」ことなどを記載しています。

 

 


間違った水分補給で過剰な塩分摂取や糖尿病にも

 

 ペットボトル症候群という言葉を聞いたことはあるでしょうか?

 

 暑い夏は汗がたくさん出るので水分補給を心がけることは正しいことです。ですが、意外に多くの糖質が入っているスポーツドリンク清涼飲料水を多飲してしまうと高血糖の状態が続き、動脈硬化も進みます。高血糖が慢性化すれば糖尿病の発症につながってしまいます。塩分過多が続けば高血圧につながり、こちらも動脈硬化になってしまいます。


 逆に過剰の水分摂取によって引き起こされる「水中毒」もあります。こちらは短時間に水をガブ飲みすることで血液中の塩分濃度が急激に低下することで「低ナトリウム血症」を発症します。最悪の場合、死に至ります。

 

 以上から夏の水分補給はバランスが大切なことがわかります。塩分の過剰摂取にならないように気を付けながらも脱水しないようにすることが大切になります。高血圧の人や糖尿病などの持病をもっている方は特に要注意です。

 

 TVの健康番組はたくさんありますが、最近はTV出演されている医師・専門家からも塩分過多な日本人が汗をかくからといって塩飴や清涼飲料水を過剰に摂取してしまうと「ペットボトル症候群」になってしまうと警鐘を鳴らすことがあります。

 

 炎天下で8時間以上働く肉体労働者などは大量の汗をかき続けるのでスポーツドリンクを多めに飲むことも必要ですが、デスクワークで室内が多い人などは食事から十分な塩分量をとれている可能性が高いです。

 



平安時代の『和名類聚抄』にも大麦の記載

 

 平安時代中期(承平年間[931年 - 938年])に作られた漢和辞書である『和名類聚抄』(わみょうるいじゅしょう)にも「大麦」は記載されています。『和名類聚抄』の書名は、他にも「倭名類聚鈔」「倭名類聚抄」とも書かれます。

 

『和妙類聚抄』第17巻・大麥(20巻本。国立国会図書館蔵)

●『和妙類聚抄』第17巻・大麥(20巻本。国立国会図書館蔵)

【原文】

蘇敬本草注云。大麥。一名。青科麥。〔和名。布土無岐。一云。加知加太。〕

【解説】

 大麦。一名は、青科麦。〔和名では、ふとむぎ(布土無岐)・かちかた(加知加太)と言う。〕

 

 前述のカゴメHPに掲載されている「麦茶の香ばしい匂いが血液を流れやすくすることを確認」の研究成果は本当に素晴らしいものですが、一点だけ「日本人は夏季において、喉の渇きを癒し、涼を求める目的で、麦茶を好んで飲用します。その歴史は古く、麦を煎って飲用したことを示す記述は10世紀に編纂された「和妙類聚抄」にも見られます。」という一文だけは少し語弊があると思います。

 

 『和妙類聚抄』大麦の記述は以上の画像の通り、簡素なものです。大麦があったことは確実ですが、これだけでは食用にしたとか飲用にしたとかの具体的な内容は書いてありません。『和妙類聚抄』の他の部分にそのような記述があるのだとしたらご指摘頂ければ幸いです。


 Wikipediaの【麦茶】〔最終更新 2018年2月27日 (火) 13:02〕の【日本の麦湯・麦茶の歴史】によれば、麦湯は、平安時代から貴族に愛飲されたと言われていて、それ以後も室町時代まで貴族の飲み物だったが、戦国武将にも飲まれるようになった。そして、江戸時代には庶民にも愛飲されるようになり、屋台の麦湯売りが流行した、という趣旨のことを言っています。

 

 

 

浮世絵に見られる麦湯売り

 

『十二ケ月の内 六月 門ト涼』 渓斎英泉 画(国立国会図書館 蔵)

●『十二ケ月の内 六月 門ト涼』 渓斎英泉 画(国立国会図書館 蔵)

 

 渓斎英泉(1791~1848年)は江戸時代後期に活躍した浮世絵師ですが、彼の作品『十二ケ月の内 六月 門ト涼』には麦湯売りの屋台の前でくつろぐ女性が描かれています。「むぎゆ」の文字が印象的ですが、むぎゆ(麦湯)=麦茶です。露天の麦湯店の出現は19世紀に入ってからのようなので、この画から約百年前に著された『本朝食鑑』の時代にはまだ露天の麦湯店は無かったと思われます。

 

 

 

麦湯店に関する『寛天見聞記』と『江戸府内絵本風俗往来』の引用文 『寛天見聞記』に記述される麦湯店

 

 江戸・天保年間(1831-1845年)の著作『寛天見聞記』には「夏の夕方より町毎に麥湯といふ行燈を出し往來へ腰懸の凉臺をならべ茶店を出すあり。これも近來の事にて昔はなかりし也」といい、専門店である麦湯店も出現しました。

 

 

麦湯店に関する『寛天見聞記』と『江戸府内絵本風俗往来』の引用文

 

 

 

『江戸府内絵本風俗往来』の麦湯店

 

 江戸生まれの好事家・芦乃葉散人(菊池貴一郎)による著作『江戸府内絵本風俗往来』にも麦湯店についての記述があります。『寛天見聞記』より詳細な内容になっています。
 

○麥湯店(むぎゆみせ)

 

 夏の夜、麥湯店の出(いづ)る所、江戸市中諸所にありたり。多きは十店以上、少なきは五六店に下らず。大通りにも一二店づゝ、他の夜店の間に出でける。横行燈に麥湯とかな文字にてかく。又櫻に冊尺(たんざく)の畫(ゑ)をかき、其冊尺にかきしもあり。行燈の本は麥湯の釜茶碗等あり。其廻りに凉臺(すゞみだい)を竝(なら)べたり。紅粉粧(よそ)ふたる少女、湯を汲みて給仕す。浴衣の模樣凉しく、帯しどけなげに結び、紅染の手襷(たすき)程よく、世辭の調子、愛嬌ありて人に媚びけるも、猥(みだ)りに渡ることなきは名物なり。麥湯、櫻湯、くず湯、あられ湯の外は、菓子などはなく、又茶代多からずして凉風餘りあるより客絶ゆることなし。夜たけるまで店を出したり。

 

 化粧をした若い女性(少女)が接客サービスをしてくれたことがわかります。基本的には熱い夏の夜に営業していて照明具の行灯に「むぎゆ」と書かれていました。涼台を並べてお客さんも絶えることなく、とても商売繫盛していた様子がうかがえます。麦茶(麦湯)以外にも桜湯・くず湯・あられ湯なども提供されていたようです。詳細な視覚的イメージは上図の浮世絵(『十二ケ月の内 六月 門ト涼』渓斎英泉 画)をご参照ください。

 

 

 

麦湯の値段

 

 

 麦湯の値段はいくらだったのでしょうか?前述の『江戸府内絵本風俗往来』では「茶代多からずして凉風餘りあるより客絶ゆることなし」と書かれていて安かったであろうことがうかがえます。

 『江戸見草』「麦湯・桜湯(さくら湯)・玉子湯・くず湯(くづ湯)・しそ湯・あられ湯」の価格表が掲載されています。麦湯四文と一番安かったことがわかります。玉子湯が二十四(廿四)文と一番高く、くず湯(葛湯)が十二文と二番目に高かったようですが、とにかく玉子湯がダントツに高価です。江戸時代は、玉子(鶏卵)がとにかく高かったのですね。

 

 

 

江戸時代の『本朝食鑑』で紹介される大麦の健康効果

 江戸時代の本草書に『本朝食鑑』(ほんちょうしょっかん)があります。『本朝食鑑』は人見必大の著作で、元禄10年(1697年)の刊行になります。『和妙類聚抄』から700年以上も後世の書になります。『本朝食鑑』巻一には「大麦」の効用について次のように言及しています。

 

『本朝食鑑』巻一「大麦」(国立国会図書館 蔵)より抜粋

『本朝食鑑』巻一「大麦」(国立国会図書館 蔵)より抜粋

●『本朝食鑑』巻一(国立国会図書館 蔵)より抜粋

 


【原文】
〔気味〕甘平。涼。無毒。〔炒食則温。〕〔主治〕寛膈下気。涼血。消積進食。俗謂。多食令人瘦。此似無理矣。


【書き下し文】

〔気味〕甘平。涼。無毒。〔炒食すれば温。〕〔主治〕膈(むね)を寛(くつろ)げ、気分をおだやかにし、血を涼にし、積(つかえ)を消し、食を進める。俗に、多食すれば痩せるといっているが、これは理がないようである。【東洋文庫『本朝食鑑1』参照】


【解説】

 〔気味〕は「甘平。涼。無毒。」ということで「」とありますし、〔主治〕でも「涼血」(血を涼にす)とあるので体を冷やす性質があるとしています。

 

 【大麦】直後にある【麦粉】の項目では「【麦粉】〔気味〕甘平。微温。無毒。」としていて〔集解〕で「当今、生麦を香しく炒り、麨(いりむぎ)を摩(つ)き、羅(ふるい)にかけて粉末にし、夏月、冷水を飲むときこれを加え煉って服用している。砂糖を和して食べることもある。」という。【東洋文庫『本朝食鑑1』による書き下し文を参照。】

 

 麦粉の〔気味〕は「甘平。微温」としていますが、〔集解〕にあるように、生麦を香ばしく炒ってすり潰して粉末にし、冷水に混ぜて飲んだ、というのは現在の麦茶の形に近い感じがします。

 

 


『本朝食鑑』が大いに参考にした『本草綱目』に掲載される「大麦」とは

 

 時代が前後してしまいますが、明代の本草学者・李時珍『本草綱目』にも「大麦」について記されています。実は『本朝食鑑』の〔主治〕部分は『本草綱目』の経文からの抜粋&解説をしているに過ぎません。〔気味〕については違っているので「大麦」の種類が日本と中国とで違うのかもしれません。詳細は以下の如し、です。

 

『本草綱目』巻二十二「大麦」(国立中國醫藥研究所出版)より抜粋

 『本草綱目』巻二十二「大麦」(国立中國醫藥研究所出版)より

●『本草綱目』巻二十二(国立中國醫藥研究所出版)より

 

【原文】


〔氣味〕醎。温微寒。無毒。爲五穀長。令人多熱。〔主治〕消渇除熱。益氣調中。補虚劣。壯血脈。益顏色。實五臓。化穀食。止洩。不動風氣。久食令人肥白。滑肌膚。爲麪勝於小麥。無燥熱。麪。平胃止渇。消食。療脹滿。久食頭髪不白。和鍼砂没石子等。染髪黑色。寛膈下気。涼血。消積進食。

【解説】

 

 『本草綱目』らしい長文ですが、以上から〔氣味〕の記述は『本朝食鑑』とは微妙に異なっていますし、〔主治〕の最後の文「寛膈下気。涼血。消積進食。」については前述の『本朝食鑑』の文章と全く同じです。正確には『本草綱目』が先で『本朝食鑑』が後です。つまり『本朝食鑑』の「寛膈下気。涼血。消積進食。」は『本草綱目』から引用した文章であることが分かります。本文に出てくる「除熱」「壯血脈」「涼血」などから体内の熱を冷まして血流を改善する効果があるとしています。この点は、前述したカゴメHPの「麦茶の血液を流れやすくする(サラサラにする)作用は、麦茶に含まれる香ばしい匂いの成分であるピラジン類によることを明らかにしました」という記述と一致します。

 

 

 

大麦の性質は? 『本草綱目』&『証類本草』「醎温微寒」説、寇宗奭「平涼滑膩」説、『本朝食鑑』「甘平涼」説

 

 〔氣味〕の「醎」は“しおからい”の意味。『本朝食鑑』では「甘平」なので異なります。温微寒は「」と「微寒」の相反するものが併記されていて今のところ不明です。「人をして多熱せしむ(令人多熱)」というのが本当なら熱の性質を持っていることになりますが、直後の〔主治〕の内容(「除熱」「涼血」など)からは「温微寒」の「」や「令人多熱」は錯簡(誤って混入した文章)を疑いたくなります。

 

『本草衍義』巻二十・大麦(国立国会図書館 蔵)

●『本草衍義』巻二十・大麦(国立国会図書館 蔵)

 

 それを解く手がかりになるかもしれないものとして『本草綱目』は「宗奭曰(いわ)く。大麦の性は平涼にして滑膩なり。(宗奭曰。大麥性平涼滑膩。)」として、寇宗奭(コウソウセキ)の説を引用しています。『本朝食鑑』は寇宗奭の「大麦の性は平涼」の説を採用したのだと思います。ただし1100年代初めの『証類本草』【大麦】の記述でも「味醎。温微寒。無毒。主消渇除熱。益氣調中。又云。令人多熱。爲五穀長。」とあるので、錯簡ではないのかもしれません。

 

 結局、スッキリとした答えが出ないのですが、前述の寇宗奭は『本草衍義』の著者であり、『本草衍義』『証類本草』とほぼ同時代の書物でありながら「大麦」の性質の捉え方がそれぞれ違うのも興味深いところです。大麦は大別して二条大麦と六条大麦の2種類があります。当時の中国と日本で主食にしていた大麦の種類も違っていたのかもしれませんが、それでもやはり詳細は不明です。

 

 あとの『本朝食鑑』の「俗に、多食すれば痩せるといっているが、これは理がないようである。(俗謂。多食令人瘦。此似無理矣。)」は人見必大の私見を述べているのですが、「多食して痩せるなんて理にかなっていない」とは至極まっとうな見解です。江戸時代に「大麦は多食すると痩せ(衰え)る」という俗説があったのですね。飽食で肥満に悩む現代だったらダイエット食品ということでスゴイことになりそう。

 

 『本草綱目』本文には「久しく食せば人をして肥を白からしむ(久食令人肥白)」として、長期間食べると皮膚を白くする、としています。つまり美白ですね。あとは「麪(むぎこ・めん)」には「久しく食せば頭髪白からず(久食頭髪不白)」として、黒髪をキープして白髪予防の効果があるとしています。これは現代栄養学的にはわからん所ですね。

 

 


夏の水分補給には“塩ちょい足し麦茶”がおすすめ

 

 酷暑の夏でもゴルフに熱中していて週一ペースでラウンドしている患者さんがいるのですが、“塩ちょい足し麦茶”を持っていくそうです。それこそ塩梅が難しいですが、ほんのり塩味を感じる程度にしているようです。

 

 他にも、ゴルフによく行く患者さんが実践しているのは、経口補水液の1/2~1/3を水で薄めたものを持っていくというもの。これも季節によって汗をよくかく夏は少しだけ薄め、汗をあまりかかない冬は多めに薄めたものという使い分けができて良いと思います。麦茶には余分なナトリウム(≒塩分)を排出してくれるカリウムも含まれているので、ますますオススメです。

 

 

 

参考文献

平成28年「国民健康・栄養調査」の結果
「日本人の食事摂取基準(2015年版)策定検討会」報告書

・『本朝食鑑』 12巻 - 国立国会図書館デジタルコレクション

・『本朝食鑑』(人見必大、島田勇雄 訳注。東洋文庫296)
・『本草綱目』(国立中國醫藥研究所出版)

・『本草綱目』(金陵本) - 国立国会図書館デジタルコレクション

・『本草衍義』20卷- 国立国会図書館デジタルコレクション

・『証類本草』(『欽定四庫全書』所収『證類本草』巻一)
倭名類聚鈔 20巻 - 国立国会図書館デジタルコレクション