味噌のススメ
古来より日本人に馴染み深い味噌の効用について紹介したいと思います。
味噌の主原料は大豆です。その大豆を発酵させてつくります。大豆は「畑の牛肉」と呼ばれるほどにタンパク質が豊富で、味噌をつくる過程で、そのタンパク質が分解されて旨味成分であるアミノ酸ができます。
大豆は「畑の牛肉」と言われるほどにタンパク質が豊富であるものの、そのままで食べても消化吸収率が悪いのが難点なのですが、味噌をつくる過程でタンパク質がアミノ酸に分解されることで消化吸収率が高くなります。
味噌は、必須アミノ酸9種すべてを含む「機能性食品」なのです。味噌で食べることで、効率良く大豆パワーを消化吸収することができます。
味噌の効用
・放射線被爆から体を守ってくれる働き
・乳がん・肺腺がん・胃がん・肝がん・早期前立腺がん・大腸がんなどを予防する働き
・高血圧や脳卒中リスクを軽減する働き
・糖尿病や肥満を改善する働き
(渡邊敦光 著『味噌力』から抜粋)
一時期、味噌は塩分が高い食品なので控えるように言われていました。それも今となっては昔の話。。。それは誤解だったことが分かってきています。それどころか癌を抑制する働きや血管をしなやかにして高血圧や脳卒中リスクを軽減する働きなどの健康効果があることが分かってきました。
塩分を味噌から摂取すると血圧が上がりにくい
味噌博士・渡邊敦光先生の著書『味噌力』では、日本人・中国人・イギリス人・アメリカ人の40~59歳の人を対象に塩分摂取量と血圧の関係を調査した結果を紹介しています。予想通り、日本人の塩分摂取量が一番多いのですが、高血圧の人の割合は一番少ないというヘンテコな結果になりました。
ラットを使った実験などから導き出された結論としては、日本人は塩分を食塩で直接とるのではなく、醤油や味噌汁・漬物などから摂取しているため、食塩摂取量は一番多いのに高血圧の人の割合は一番少ない結果になったのだろう、と結論付けています。つまり塩から直接的に塩分をとるのと醤油・味噌・漬物などから間接的に塩分をとるのとでは塩分摂取率が違うようなのです。
さらに味噌には血圧を下げる働きがあることも確認されているそうです。かつては塩分を嫌って避けられていた味噌でしたが、むしろ積極的に摂取した方がよいのです。
他にも、疫学的な調査から一日2杯以上の味噌汁で高血圧のリスクを下げるというデータもあるようです。
食塩と高血圧の関係性
そもそも食塩と高血圧の関係性については一律ではありません。つまり個人差があります。
高血圧の人の中にも、食塩感受性の高い人が食塩を過剰に摂取した場合に高血圧になるタイプ(食塩感受性高血圧)と食塩はあまり関係ないタイプ(食塩非感受性高血圧)とがあります。
食塩感受性高血圧の人はもちろん食塩摂取量を気にすべきですが、たとえ高血圧であっても食塩非感受性高血圧タイプの人はそこまで食塩に敏感にならなくてもいい、と言えます。日本人に食塩感受性高血圧タイプは比較的少ないと言われています。
『本朝食鑑』中の「味噌」
江戸時代の本草書である『本朝食鑑』では味噌について次のように解説しています。
■ 『本朝食鑑』巻一「味噌」(国立国会図書館 蔵)より抜粋
【原文】
〔気味〕甘鹹。温。無毒。
〔主治〕補中益気。調脾胃。滋心腎、定吐止瀉。強四肢。烏鬚髪。潤皮膚。能収産後血暈敗血及趺撲損傷之血悶。壮病後之羸衰。老人小児俱好。専觧【=解】酒毒及鳥魚獸菜菌毒。
【書き下し文】
〔気味〕 甘く鹹(しおから)い。温にして無毒なり。
〔主治〕
中を補い、気を益(ま)し、脾胃を調(ととの)え、心腎を滋(ま)し、吐を定(おさ)め、瀉(はらくだし)を止め、四肢を強くし、鬚髪(ひげかみ)を烏(くろ)くし、皮膚を潤し、産後の血暈(脳貧血)・敗血(悪性血液の停滞によって起きるとされる病気)および趺撲(趺は足の甲で、撲はウツ。あるいは跌撲か。跌は足がキズツク)・損傷の血悶(血毒のみだれ)を能く収める。病後の羸衰(やせおとろえ)を壮にする。老人・小児には俱(とも)に好い。専ら酒毒および鳥魚獣菜菌の毒を解する。【『本朝食鑑』島田勇雄〔訳注〕による】
【かんたん解説】
味噌の気味(香りと味)は「甘く鹹(しおから)い」、その性質は「温にして無毒」としています。
味噌の効用は、胃腸の調子を整えて元気を補います。他にも吐き気や腹下しを治め、四肢を強くしたり、皮膚・貧血・瘀血・打撲などを改善したりするとしています。白くなった鬚髪(ひげかみ)を黒くするという点や酒の毒を解毒するというのは面白い記述ですね。
まとめると整腸作用、血流改善や滋養強壮などが期待できるといったところでしょう。
『養生訓』中の「味噌」
■『養生訓』巻第三飲食上「味噌」(中村学園大学 蔵)より抜粋
【原文】
味噌、性和(やわらか)にして脾胃を補なふ。たまりと醤油はみそより性するどなり。泄瀉する人に宜しからず。酢は多く食ふべからず。脾胃に宜しからず。然ども積聚ある人は少食してよし。釅醋(げんそ)を多く食ふべからず。【『養生訓・和俗童子訓』(岩波文庫)石川 謙〔校訂〕参照】
【意訳】
味噌は性(成分)がやわらかで脾胃の働きをおぎなうものである。たまり(味噌の上にたまった液、醤油の一種)や醤油は味噌より性が強い。嘔吐や下痢をするひとにはよくない。酢は多くとってはいけない。脾胃にわるいからである。しかし積聚(胃けいれん)のあるひとは少しはとってもよい。釅醋(濃い酢)を多くとるのは禁物である。【『養生訓』(講談社学術文庫)伊藤友信〔訳〕参照】
【かんたん解説】
『養生訓』〔正徳2年(1712年)刊〕は上記の『本朝食鑑』〔元禄10年(1697年)刊〕よりも少し後に書かれた書物になります。本草専門書の『本朝食鑑』に対して『養生訓』はより一般庶民向けに書かれた養生法の指南書なので文章も簡単でわかりやすく書かれています。
「釅醋(げんそ)」は、濃い酢の意味が妥当だと思います。ただし他にもう一つの解釈もできます。『大漢和辞典』巻十一によれば「釅」には、①お酢、②お酒、③(味や色が)濃い、の3つの意味があります。なので「釅醋(げんそ)」は、③濃いで解釈すれば“濃い酢”となり、①お酢で解釈すれば「釅」も「醋」もお酢の意味になり、普通に“お酢”の意味になります。同義複詞といって同じ意味の繰り返しの単語になります。「寒冷」や「温暖」のように。
毎日コツコツと味噌を摂取するのがベスト
健康生活はやはり「継続は力なり」ですね。
『1日1杯の味噌汁が体を守る』の著者・車浮代さんは生まれつきのアトピー体質で、あらゆる治療法を試したものの改善せず、ひどい時は全身をただれさせて入院したほどでした。間違ったステロイドの使い方をしたために肌の色も色素沈着してしまっていた、と。
そんな著者が日本一の味噌大国・長野県に移住したことがきっかけとなり、味噌を日常的にとるようになってからは腸の働きも活発になり、化粧のりもよくなるなど皮膚の湿疹やかゆみなども少しずつ改善したそうです。もちろん完治したわけではなく「寛解」ではありますが。
味噌の健康効果は科学的にも見直されてきています。小泉武夫著『発酵は力なり』の中でも、高血圧の予防効果や心臓や脳髄中の毛細血管を丈夫にする働きがあることなどが分かってきていると紹介しています。
また、味噌汁を毎日飲んでいる人は、飲んでいない人に比べて胃がんなどのがんや動脈硬化、高血圧、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、肝硬変による死亡率が低くなるという報告もあるようです。
日本の伝統的な健康調味料として有益な味噌を、毎日の食事に取り入れてみるのはいかがでしょうか。
参考文献
・『味噌力』(渡邊敦光)かんき出版
・『1日1杯の味噌汁が体を守る』(車浮代)日本経済新聞出版社
・『発酵は力なり』(小泉武夫)NHKライブラリー
・『本朝食鑑』(人見必大〔著〕、島田勇雄〔訳注〕)東洋文庫296 平凡社
・『養生訓』(貝原 益軒〔著〕、伊藤友信〔訳〕)講談社学術文庫
・『養生訓・和俗童子訓』(貝原 益軒〔著〕、石川 謙〔校訂〕)岩波文庫