うつ病改善のために鍼灸治療してからもう数年になる患者さんから言われた言葉です。
この患者さんはうつ病を患ってからもう15年以上になります。それまでに当時は超高額だった磁気治療(TMS)を何回もやったり、仕事を1年休んで長期入院したり、うつ病に良いと思うことは何でもやってきた患者さんです。
磁気治療(TMS)は電気けいれん療法(ECT)よりは副作用の小ささから試してみる価値はあると思いますが、電気けいれん療法(ECT)は以前治療した患者さんが大きすぎる副作用(記憶障害や視野のゆがみ、聴覚過敏など)に苦しんでいる姿を目の当りにした経験からも個人的にはマイナスのイメージしかありません。
そんな患者さんですから現在でも「完治」したわけではなく「寛解」の状態です。今でも過剰なストレスを受けてしまったり、それに体調不良が重なったりすれば、またうつ症状がもたげてくることはあるわけです。それでも継続して治療を続けて頂いたことは尊敬に値します。なぜなら治療を続けるというのも非常に根気のいることだからです。今まで多くのうつ病の治療をしていますが、途中で治療を受ける意欲が低下してしまい、そのまま治療が終わってしまったことも珍しくはありません。
特に、うつ病の患者さんは気分の落ち込みが周期的・突発的にあるわけですから、心が落ち込み、沈んでいる時は治療に対するモチベーションを保つのも困難になります。もちろん上記の患者さんにも急な気分の落ち込みに襲われてしまい、顔面蒼白な状態になりながらも鍼灸治療を休むことなく継続して頂いた経緯があります。よく「自分の存在が消えてなくなってしまいたい」気持ちになるとおっしゃっていました。「自殺したい」のではなくて。。。
うつ病マンガ『うつヌケ』
2017年に出版されたマンガ本ですが、画期的なうつ病マンガに『うつヌケ』があります。活字本のうつ病関連の書籍は多くありますが、うつ病のマンガ本はそんなに多くないと思います。『うつヌケ』はマンガなのでとっつきやすいのですが、うつ病患者がこのマンガを読んで共感し、心が少し軽くなることもあるでしょうし、逆にリアルな体験談を感じてしまうことで共感しすぎて心が重くなってしまうこともあるでしょう。
一方で、うつ病患者の家族や関係者が『うつヌケ』を見ることで理解を深めることもあるでしょうから、とても存在価値の高いマンガだと思います。
うつ病の鍼灸治療
最後にうつ病の鍼灸治療の内容に興味のある方もいると思いますので少し触れてみたいと思います。うつ病の鍼灸治療といっても(私の鍼灸治療の場合は)何か特別なことをするわけではありません。1時間ほどかけて全身を調整することを心がけて治療します。首・肩や肩甲骨内縁の頑固なコリがある人が非常に多いので丁寧に凝り固まった筋肉のコリを緩めていきます。西洋医学用語で言えば、自律神経を整えるという事になるのでしょうし、東洋医学用語で言えば、気を整えるという事になります。
うつ病に対する鍼灸特効穴(特別によく効くツボ)があると断言はできませんし、地道に全身の状態を整えることを淡々と時間をかけて続けていくのみです。半年後または一年後になって気づけば、睡眠の質が改善されていたり、気分の落ち込みの頻度が減っていたりすることになります。鍼灸治療しながら私なりに認知行動療法(CBT)の知見も活用しています。
よく言われるように「うつ病」を患う人には責任感の強い性格の傾向がありますし、とことん自分で抱え込んでしまう人も多いように思います。生きていく上で何のストレスも受けない人はいませんが、ストレスを上手に発散させることができるかどうかは人によって全然違います。うまく発散できないタイプの人がうつ病になりやすい印象を受けます。考え方・思考の癖というものが誰にでもありますが、その思考の癖=
“認知のゆがみ” をうまく矯正するために「認知行動療法(CBT)」があります。
うつ病に限らずほとんど全ての病気に言えることですが、睡眠障害は自然治癒力を著しく低下させます。うつ病の患者さんもかなりの高確率で睡眠障害があります。うつ病の症状を改善させる上で重要なポイントになるのが睡眠障害の改善です。睡眠の質が高まると身体の治る力も向上します。
東洋医学には「心身一如」という言葉があります。意味するところは、心と身体は表裏一体という意味になります。身体が良くなれば心も良くなりやすく、心が良い状態だと身体も回復しやすいですよね。日常でも疲労困憊で身体が万全でない時は心もイライラしやすいものです。
以上、長々と書いてしまいましたが、鍼灸医学を知らない人にとっては、「鍼灸=首・肩こり治療」程度にしか認識されていないと思いますが、鍼灸治療は様々な病気にたいして効果的であることを伝えたかったのです。もちろん鍼灸治療が絶対に一番効くとかいう話ではありません。どの治療法でも全ての人に効くような万能なものはありませんし、相性や個人差などもあります。鍼灸治療よりも整体やカイロプラクティックの方が自分にはよく効くという人も当然いるわけです。
なにはともあれ西洋医学と東洋医学を併用して上手にうつ病と付き合うための一助になれば幸いです。
参考文献
・『NHKスペシャル ここまで来た! うつ病治療』
・『好きになる睡眠医学 第2版』(内田 直)
・『うつヌケ』
・『睡眠負債』NHKスペシャル取材班(朝日新書)
・『不眠とうつ病』清水徹男(岩波新書)
うつ病と不眠症
うつ病と鍼灸治療の一症例でも触れましたが、うつ病の患者さんはかなりの高確率で睡眠障害も併発しているケースがほとんどです。どの病気にも言えることですが、質の高い睡眠がとれてこそ順調な回復につながっていきます。そこに睡眠障害があると回復も遅れてしまうのです。
うつ病の場合は、軽い抑うつ状態から本格的なうつ病になる過程で睡眠の質・量ともに悪化することが多いように感じます。『不眠とうつ病』(岩波新書)でも「最も頻度の高いうつ病の症状は睡眠障害である」と言っています。逆に言えば、睡眠が順調になれば、うつ病の症状も落ち着いたり、改善傾向になったりすることもあります。実際に患者さんから「最近、ちゃんと眠れている」とか「最近は悪夢を見ない」などの言葉があると、少しホッとします。睡眠障害の他にも、食欲低下・倦怠感・頭痛などの身体症状があることも多いです。
うつ病と生活習慣病
前述したように、うつ病と不眠症には強い相関関係がありますが、うつ病と生活習慣病にも相関関係があるようです。うつ病の患者さんには生活習慣病が多く、生活習慣病の患者さんにもうつ病が多いようです。例えば、糖尿病の患者さんは、健康な人と比べてうつ病の頻度が二倍高いとされています。他にも、うつ病の患者さんは健常な人と比べて肥満・高血圧・心疾患・脳卒中・糖尿病などの発生リスクが高いことが分かっています。うつ病と生活習慣病の関連性は「鶏が先か、卵が先か」を連想させます。生活習慣病の改善がうつ病の改善にもつながる可能性があります。
うつ病の認知行動療法
認知行動療法(CBT)は心理療法のひとつです。認知療法と行動療法の組み合わせであり、認知療法は、ものの見方・考え方の癖を矯正することで症状の改善を目指し、行動療法は、いつもの行動を変えることで症状の改善を目指します。欧米ではすでにうつ病の標準的な治療法の一つとして普及しています。
実際のうつ病の認知行動療法は、行動療法よりも認知療法に重きを置かれることが多く、治療者とうつ病患者が一対一で一回30分以上のセッションを20回以上行うのが標準的なので、現実的には難易度が高いと思います。
不眠症の認知行動療法
不眠症の認知行動療法は、認知療法よりも行動療法に重きを置かれることが多く、とっつきやすいと思います。実践しやすく、有効率は約70%ということで睡眠薬の効果に匹敵します。実際に患者さんと接していると睡眠薬に依存するのを恐れる人も多いように感じますが、それならば不眠症の認知行動療法も取り入れて併用して頂ければと思います。
うつ病の認知行動療法は難易度が高いのであれば、先に自分だけでも実践しやすい不眠症の認知行動療法を試してみるのでもよいのだと思います。
筋弛緩療法
体の緊張を取り除くことで心の緊張も取り除く治療法です。多くのうつ病患者さんは無意識に体に力が入っているケースが珍しくないと感じます。ムダに体が力んでいるので筋肉が緊張しっぱなしになるのです。眠りの妨げになっている心の緊張をリラックスさせるために筋肉の緊張をゆるめることで改善させるというのは「心身一如」の東洋医学的な発想の治療法だと思います。
実際には、わざと体の各部位の筋肉を収縮させた後に弛緩させるということを行います。力を入れてから力を抜く感覚を実践することで上手に脱力できるようにします。体の力が上手に抜けるようになると心もリラックスできるものです。はじめから上手にできなくてもよいので何度か試してみてください。
睡眠12箇条
『不眠とうつ病』の中では「良い睡眠が一番の予防策」として次の睡眠12箇条を紹介しています。『睡眠障害の対応と治療ガイドライン』からの引用になりますが、認知行動療法の知見も活かされているので参考になると思います。
睡眠12箇条
(出典:『睡眠障害の対応と治療ガイドライン』)
1 睡眠時間は人それぞれ.日中の眠気で困らなければ十分
2 刺激物を避け,眠る前には自分なりのリラックス法
3 眠たくなってから床につく.就寝時にこだわりすぎない
4 同じ時刻に毎日起床
5 光の利用で良い睡眠
6 規則正しい三度の食事,規則的な運動習慣
7 昼寝をするなら 15時前の20~30分
8 眠りが浅いときは,むしろ積極的に遅寝・早起き
9 睡眠中の激しいいびき,呼吸停止やぴくつき,むずむず感は要注意
10 十分眠っても日中の眠気が強い時は,専門医に相談
11 睡眠薬代わりの寝酒は不眠のもと
12 睡眠薬は医師の指示で正しく使えば安全
参考文献
・『不眠とうつ病』清水徹男(岩波新書)
・『睡眠負債』NHKスペシャル取材班(朝日新書)
関連記事
あるうつ病の患者さん(以下“Aさん”と表記)の一症例を紹介します。
Aさんは自他共に認めるほど「いびき」がヒドイので、家族や友人と旅行しても一人だけ個室で寝るくらいの破壊力の持ち主でした。いびきがヒドイということは就寝時に横になる体勢で気道が狭くなっていることに間違いないのですが、問題は睡眠の質の低下です。睡眠の質の低下が日常的・恒常的になってしまうと「人生の質」または「生活の質」と訳されるQOL(Quality
of Life)の低下につながります。慢性的な睡眠障害はうつ病の悪化に拍車をかけることになります。
Aさんはずっと家族に指摘されていたようですが、睡眠時に呼吸が苦しそうだったり、止まっている感じがするとも言われ続けていた、とのことです。
最近になって頻繫に朝起きることができなかったり、日中のひどい眠気や集中力の低下などもあったので、睡眠時無呼吸症候群の検査を受けることにしました。
医師が検査結果を知ってから急いで連絡してきて、すぐにCPAP(シーパップ)療法を開始するための医療機器を取りに来るように強く言われました。
検査結果は驚くべきものでした。。。
結論から言えば、重度の睡眠時無呼吸症候群(SAS)と診断されてしまいました。
1時間あたりの無呼吸の回数が40回以上で重症と診断されますが、Aさんは40回をはるかに上回っていました。Aさんは1時間あたり60回以上の無呼吸だったので1分間に一度は呼吸が止まっていたことになります。
他にも、血中酸素飽和度は、正常値(99~96%)をはるかに下回り、70%台でした。
医師からは毎晩エベレスト登山に行っているような感じだと言われてしまいました。。。朝起きられないのも日中のひどい眠気や集中力・やる気の低下なども当然で起こるべくして起きていた、とのこと。
CPAP(シーパップ)療法は「経鼻的持続陽圧呼吸療法」とも言われますが、簡単に言えば、気道に空気を送り続けることで気道が閉じずに開きっぱなしにする治療法です。いびきや無呼吸の主な原因が気道が閉じて塞がってしまうことなのでCPAP療法の効果はバツグンです。
検査結果によれば、最長80秒の無呼吸。。。寝ていている時とはいっても1分以上の無呼吸は苦しいはずですが、意外にも睡眠時無呼吸症候群の患者本人は気づかないで生活している人も多いようです。
体は正直なので無呼吸によるダメージは蓄積されていきます。起きている時に意識的に無呼吸をチャレンジしても1分以上の無呼吸はキツクてなかなか出来ないと思います。このキツイ無呼吸の状態が寝ている間に頻繫に起きているとすれば、寝ているだけで疲れ果てる、、、という結果になります。朝起きられないのも、日中に眠気に襲われるのも当たり前です。
お医者さんが一刻も早くCPAP療法をはじめるようにすすめてくれたのは当然のことです。最悪のケースでは睡眠時の突然死もあり得るとも言われてしまいました。
うつ病と不眠の深い関係でも言及しましたが、うつ病と睡眠障害には強い相関関係があるので、いびき・日中の強い眠気・やる気や集中力低下などに心当たりがある人は一度「睡眠時無呼吸症候群」を疑ってみて検査してみてもいいかもしれません。
清水徹男氏による『不眠とうつ病』という本があります。《 第4章 うつ病は不眠の背後に
》の中でも「最も頻度の高いうつ病の症状は睡眠障害であることがわかる」と言及しています。睡眠障害がうつ病だけでなく、いろんな症状を引き起こすことがわかります。興味のある方は参考にして頂ければ幸いです。
参考文献
・『不眠とうつ病』清水徹男(岩波新書)
・『睡眠負債』NHKスペシャル取材班(朝日新書)